先日のエッセイ(ITAKURA’s EYE 「ゴキブリは入っていません!」)にて・・・
1、サービスとはコミュニケーションである。
2、機能ばかりを追及すれば、人件費の安い新興国企業と直接競合することになり、価格競争の圧力に屈することになる。
だから、
3、モノづくりでさえ、モノを媒介にしたコミュニケーションであることを認識した高付加価値を実現しなければ、日本企業の優位性は保てない。
といった内容を主張しましたが、同時に、日本のモノづくりは、以上のような「モノにサービスを託すること」が非常に上手であるということが、これまで優位性を保てたということを、日本人自体が忘れてしまっているのではないかと思うのです。
経済成長著しい新興国・・・とりわけアジアの新興国の富裕層の間では、日本人が認識している以上に「日本製」の優位性が確立しています。
そのこと自体の認識が、日本人に無いこと。
その優位性をなぜ確立できたのかを、日本人が忘れていること。
それらが原因で、継続的な優位性をつくり続けることが滞り、先進国に追いつかれ、価格競争に巻き込まれ、そして継続的なデフレに繋がっているのだと思います。
デフレについて、巷では金融政策ばかりが議論されていますが、金融政策だけで経済成長するなんて話は絶対にありません。
人が価値を生み出す事を継続して初めて経済は成長するわけです。
無論、金融政策がどうでもいいということではなく、適切な金融政策は経済成長の「必要条件」です。
しかし、「金融政策がデフレの元凶である」といった暗黙の前提に基づいた議論ばかりでは、単なるインフレートは起こりうるとしても(≒名目値の成長はあったとしても)、為替による調整などによって実質成長には至らないのではないでしょうか。
日本のモノづくりが、「我々はモノにサービスを託したコミュニケーション業である」という認識に立ち、人材教育や研究開発を通じて、高付加価値商品を生み出すことができなければ、新興国との「機能と価格の競争」によって、益々日本経済は弱体化するのではないかと思います。
電子化・電気化によって、益々その傾向は強まると思います。
デフレの原因は、人件費の安い新興国と直接競合する製造業が日本の主な産業であることだという指摘がありますが、正にその通りだと思います。
モノづくりが、単なる機能づくりであるうちは、新興国の彼らと直接競合を続けなければなりません。
彼らと直接競合を続けるということは、彼らの人件費レベルに国内のモノづくりの人件費を合わせなければならないということです。
それではデフレは解消しません。
2010年3月12日 板倉雄一郎