板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

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ITAKURA’s EYE 「バランスシートの信頼性」

この10年ほど、バリュエーション(←企業価値評価)を通じ、常に感じていることがありました・・・

「日本企業の場合、営業キャッシュフロー(以下営業CF)に占める投資キャッシュフロー(以下投資CF)の割合が大きいなぁ」

つまり、投資家(債権者および株主)に帰属するキャッシュフロー(以下フリーキャッシュフロー=FCF=営業CF+投資CF)が少ないという意味です。
(注意、計算式上では、「FCF=営業CF+投資CF」となりますが、言葉で表現すれば、「営業CFから将来の営業CF増のための投資分を引いた値」という意味です。)

このサイトを読んでいただいている方の中でも特に、実践・企業価値評価シリーズセミナーの卒業生の方であれば、ほとんどの方が同様の印象をもたれたのではないでしょうか。

もちろん、投下資本利益率(以下ROIC)が極めて高い企業であれば、(再投資対象が、それまでのROICを下回らない場合に限り)、営業CFの「大部分」を再投資することが企業価値を最大化する上で合理的ではあります。
場合によっては、営業CFを上回る投資CFを、有利子負債による調達を行ってまで実行することに合理性がある場合も多々あります。
(「ROICが極めて高い」という基準は、当然ながら同社の資本コスト(以下WACC)をROICが大きく上回る=Spreadが大きいということになります。)

しかしながら、再投資対象の「予想」ROICが「大きく」はずれ、まるで営業CFを生み出さなくなった、どころか、営業CFがマイナスになるようなことになれば、過去の経営(←再投資)が大失敗であったことになり、過去の(設備などの)投資が水の泡になってしまいます。

今、日本企業がおかれている状況は、まさにこれです。過剰投資による設備稼働率の低さと、設備維持のための固定費です。
円高、世界的な景気減速による業績悪化は当然ですが、今後問題になるのは、「この設備投資、どうすんのよ」ということになろうかと思います。

企業価値評価の上で大切なことは、「将来どれほど、投資家に帰属するキャッシュフローを生むのか」ということであって、「過去にどれほどの設備投資をしたのか」ではありません。
(たとえば、「かんぽの宿」の一括売却における、その価格の高い/安いを議論する際に、「当初どれほどの税金を使って作ったのか」ということが引き合いに出されますが、オリックスなど買収側からしてみれば、「そんなのかんけーねぇー」ってことです。)
したがって、ここで問題にしたいのは、過去の経営の失敗(←過剰投資)ではなく、企業の将来を予測する上で参考にされる「バランスシートの真偽」と、過剰設備の維持のための固定費についてです。

すなわち・・・

「現在のバランスシートの資産価値って本当にあるのか?」

です。

バランスシートの資産の内、上場有価証券などは、時価がはっきり見えます。
したがって、時価会計さえしていれば、「実態」に近い資産価値をバランスシートから把握することが可能です。
しかし、「その企業特有の設備」・・・(たとえば、トヨタがレクサスを作るために投資した生産ラインとか)は、当該企業が厳しい状況に追い込まれ、売却しようとしたところで、買い手が見つかりません。
それと同時に、このような設備は、当然ながら取引市場も無く、流動性は極めて低く、したがって、バランスシート上の「資産額」がどれほど実態を表せているのか、全くわからないわけです。
さらに減価償却費については、「法的に定められた減価償却」ですから、そもそも市場原理に基づく実態を表せているかはなはだ怪しいわけです。

つまり、「バランスシートを信頼できない」、ということになります。

バランスシートがどんなであっても、企業価値評価そのものには、大した影響を与えません。
しつこいようですが、企業価値評価において、「過去にどれほど投資して、現在どれほど資産があるのか」ということは、経営者の能力を推し測るという意味では重要ですが、理論株価を算出する上では、どうでもよくて、大切なことは、「将来どれほどのキャッシュフローを生み出すのか」にあるわけです。
しかし、将来キャッシュフローの予測の上で、「無駄な固定費」は、キャッシュフローの減少要因です。
たとえば、自動車などの工場の場合、「ライン休止」を行い、人件費を圧縮できたとしても、その工場を維持するための「固定費」は、常に必要になります。

読者の皆さんが、企業の工場に入って、その目で見ることが最も説得力が高いわけですが、そうはいきませんから、読者の皆さんが見ることができる、「過剰投資による固定費増の結果のキャッシュフロー圧迫」の例を一つ・・・

トヨタの展開する「Lexus店舗」です。

大前研一氏が、「トヨタ博物館」と揶揄するレクサスの店舗は、言われてみれば確かに博物館(笑)
むちゃくちゃ広い敷地に、立派なコンクリート作りの建物に、高級レストランか高級ホテルかと思うほどの豪華内装に、メルセデスやBMWしいてはコーンズさえも足元に及ばないぐらいの「一台あたりの展示スペース」。
ここまでは、レクサス店舗に入らなくても外から見える範囲ですが、実際に中に入ってみると・・・
綺麗な受付嬢のおねーさん(笑)に、常に客の数より圧倒的に多い白手袋の営業マンに、稼働率1%かと思うぐらいの数の豪華商談個室スペースに、ショールーム奥にはIS-Fのような特殊な車を展示するための特別駐車スペースにと、とんでもない設備投資をしています。
さらに、ショールームの裏に回れば、ショールームの2倍はあろうかという広さのメンテナンススペースには、かなり上等なコンクリートによって作られた床と、最新鋭のメンテナンスマシンの数々・・・

僕は、レクサスに興味を持ち、ショールームを始めて訪問したとき、お得意の「ルックスルー思考」によって、こう思いました・・・

「これらの豪華設備の分も車両本体価格に乗っかっているんだなぁ」と(笑)

このレクサス店舗、一体どうするんですかね。
注意しなければならないのは、これらの設備投資は、「トヨタ自動車」による投資ではなく、全国各地のディーラーによる投資だ、という点です。
つまり、(連結/非連結もありますが)、「トヨタ自動車」のバランスシートに、完全には網羅されていない。ということです。

「だから、トヨタ自動車にはかんけーねー」といえるか・・・いえないわけです。
ディーラーが潰れてしまったら、手足をもぎ取られたに等しいわけですからね。
したがって、会計上連結されていようがいなかろうが、トヨタ自動車にとっての「実質負担」になるわけです。
たとえば、ケータイの販売における「販売奨励金」みたいな形で、ディーラーを助けなきゃならないわけですから。

このような、「しばらく先までキャッシュを生み出すはずも無い過剰設備」が、日本中にたくさんあります。
そして、生産を縮小した現在でも、それらの設備を所有し続ける以上、何らかの固定費が必要になり、それが営業CFを押し下げ、企業価値を毀損することになり、最悪の場合、破綻する可能性があるわけです。

バランスシート上には、「資産」として計上されているけれども、実は「負債」だったりします。

GM?
トヨタでさえそんな状況ですからね。

もう一つ、バランスシートを信頼できない要因があります・・・

多くの企業が「赤字」ですから、法人税収入が減るばかりではなく、これら赤字分は、バランスシート上に、「繰り延べ税金資産」というわけのわからない(笑)資産が計上されることになります。
(企業側は、B/S、P/Lを良く見せたいために、赤字分を可能な限り繰り延べ税金資産に計上したいところですが、それを監査する会計士としては、「本当に将来の利益が見込めるんですか?」と、万が一のときの監査に対するクレームを回避するために、なるべく資産計上したくないというせめぎ合いがあるのですが、いずれにしても)、繰り延べ税金資産は積みあがる一方でしょう。

さらに、バランスシートを信頼できないというわけです。

景気悪化が長期化すれば、いずれ、設備の「叩き売り」が始まり、景気悪化のスパイラルが始まってしまうかもしれません。
現在は、「まだ」、短期の景気循環が注目されています。
機械受注など長期の景気変動を予測する因数である設備稼働率より、短期の景気変動を予測するための「在庫推移」が注目されています。

「在庫が減少していれば、生産が上向くはず」と。

しかし、在庫調整なんて高が知れている問題です。
以上のような、「過剰設備投資」が、今後重大な問題になってくるのではないかと思います。

バランスシートが信頼できない。
過剰設備(の維持のための固定費が)がもたらす営業CFへのマイナスインパクト。

企業価値を把握する上で注意しなければならない重要なことであると同時に、今後の日本経済を考える上で、「極めて」重要なことです。

(余談ですが、以上から、PBRなんて投資判断基準にはなりえません。)

2009年2月23日 板倉雄一郎

PS:
久しぶりに、バリュエーションの視点で書きました。
「将来が読めない時代にバリュエーションなんて意味が無い」
そんな意見の方もいらっしゃると思いますが、バリュエーションを通じて得られる知識は、資本主義社会が続く限り有効なんですよぉ~

PS^2:
最近のテレビ番組って、「再放送」の割合が増えていると感じませんか?
そりゃそうですよね。
番組のスポンサー、ぜんぜん居なくなっちゃったんですから、制作費なんて出ないわけです。
トヨタの広告宣伝費は、前年比マイナス50%らしいです。
ホンダもF1から撤退です。
すると、デフレーションは、テレビタレントばかりではなく、イベントコンパニオンなどの「おねーさん達」にも及びます。
夜な夜な遊んでいると、少しずつですが、それを「肌で」感じることが増えてきました(笑)

「わたしぃ~お食事ならぁ~リッツのフレンチがいいかなぁ~」
なぁ~んて、最初のデートから贅沢リクエストだらけの時代錯誤おねーさんは、夏ごろには消滅しているでしょう。

PS^3:
解決は、「政治」に委ねられています。
国民を前向きにさせる政治。
経済統計上の数字に翻弄されてばかりではない政治が必要だと思います。

このままじゃ手遅れになるっつーのに。
政治家より、経済評論家より、日本の将来を一般国民に委ねてみるほうがよっぽどいいと思います。

PS^4:
最近、お食事会で、「どんなお仕事されているんですか?」と聞かれて、ろれつが回らない感じで・・・

「ざっ、ふぅー、ざいむ、、、だいじん」とか言うとかなりウケます(笑)

PS^5:
皆さんご存知だと思いますが、お台場に「カジノ」ができるみたいです。
景気浮揚策って、そういうことなんですかねぇ・・・
これでまた、ホテル日航東京の稼働率が上がって、僕が部屋を取りにくくなる。

「今日は、いけるぜ!」ってデートの日だったらどうしてくれんのよぉ!(笑)

PS^6:
首都高を走っていると、「ぜんぜんテナントの入っていない新築オフィスビル」が目立ちますね。
いわゆる「2007年問題」といわれたオフィスビルの供給過剰です。
デフレーションの「種」は、そこらじゅうにゴロゴロしています。

女の子に、「引っ越した方がいいかなぁ」って聞かれることが増えました。
引っ越せば確かに家賃が安くなります。
けれど先行き、「もっと安くなる」との見通しであれば、今の引越しによって現在の家賃相場にて2年先までの家賃を決定してしまうことが、本当に割引現在価値を高めることになるのだろうか?簡単にはアドバイスできません。
かといって、ノートパソコン広げて、エクセルで計算するのも面倒です。
で、「じゃあ、一緒に暮らそうか?」と冗談を言います。
すると、彼女達の目が変わります。

あ~こわ。





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